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2人でいると破滅する、破滅を予感しないと窒息する。離婚のない世界はどこ?
20代の離婚白書

2人でいると破滅する、破滅を予感しないと窒息する。離婚のない世界はどこ?

■離婚は新しい幸せを手にするきっかけでもある。

10年連れ添った彼と離婚してから、もうすぐ1年が経とうとしている。私に伝わりづらい優しさを持って愛してくれて、だけど体を寄せてはくれなくて、私が欲しかった言葉もくれなかった人。

10年という長い月日と、もう戻らない私の20代を捧げたことに引っ張られ、なかなか離婚に踏ん切りがつかなかったのが、今はもう懐かしい。踏み切ってしまえば、その先は彼で苦しむことのない世界が待っている。奈落の底に落ちた自尊心がゆっくりと、だけど確実に浮上してきたのを今、実感しています。

離婚は幸せになるきっかけの1つです。そのきっかけをものにするには、離婚という勇気ある決断をしないと手に入りません。きっとこれは、もうとうに賞味期限が過ぎている惰性でつながったカップルにも言えると思うんです。相手を諦めることは負けじゃない、自分を解放してあげることだから。

だけど結局、結婚や恋愛の最果てに待っているのは、行き詰まり。
私はまだ、今のところ破滅しか知らない。

お別れのない世界は、どこ?

この連載は、私が20代で経験した結婚・離婚を糧にするための備忘録です。まだ結婚の予定はないけど、いつか結婚したいと思っている同世代の女性にも読んでもらえたら、と思い筆をとっています。

連載6回目となる今回は、「2人でいると破滅する、破滅を予感しないと窒息する。離婚のない世界はどこ?」について話したいと思います。

■何も問題ない夫婦も危ない。

私は離婚から、愛情の重さを月日の長さで測ってはいけないと学びました。そして、同じ屋根の下で暮らしていても、一緒にいる時間を作る努力をしないと、心が離れてしまうことがよくわかったのです。

だけど、何も問題がなく、何も心配がなく、ずっと2人でいる努力もしていて、心地よく満たされている状態でも、危険だと言えるかもしれません。

今私が読んでいる「幸せな選択、不幸な選択」(著=ポール・ドーラン)という本によると、幸福とは“快楽”と“やりがい”が持続している状態のことだといいます。幸福は、この2つの要素の絶妙なバランスで成り立っているから、ただ快楽を感じている状態だけではバランスが崩壊し、幸福ではないものになってしまう。男女の関係に快楽はあっても、やりがいは存在するのでしょうか。

たとえば、ソファで横並びになりながら、ボーッとテレビを見ている時間は、快楽。互いの職場で厳しいノルマを課せられた仕事をこなしていくのは、やりがい。夫婦や恋人間において共通の快楽を感じることは比較的簡単ですが、共通のやりがいを感じるのはきっと難しい。子どもを持ち育てれば、やりがいも感じるのでしょうか。だとするなら、子どもを持たない選択をしている男女は、どうやってやりがいを感じればいいのでしょうか。

私は1つの答えに行き着きました。
それは、相手にやりがいを求めないこと。

■離婚のない世界はどこ?

私は離婚経験を通して、2人の世界で完結してしまうと、破滅に向かうことを知りました。さらに言えば、少しも破滅を予感しない幸せな2人の空間も、そのうちにぬるま湯に変わり、それもまた破滅に向かっていくのです。

たとえばパートナーと四六時中一緒にいるとする。恋人としてだけでなく、親友や家族のような役割も担うほどの仲だとする。そこには確かに快楽を感じている。何をするにも2人だけで全てが完結する。すると、どうなるか。

それは愛情の殺し合いになります。

2人でいすぎると細部まで向き合ってしまうから、イライラするのも全てお互いのこと。悩むのもお互いのこと。嫌うのもお互いのこと。大事な人だったのに傷つけてしまう。快楽から共依存状態になって、窒息しそうになるんです。快楽は、言ってしまえば“甘い毒”で、じわじわと2人の関係を蝕んでいくから。

だけど、私以外の誰かと一緒にいた世界から帰ってきた彼はとても穏やかで、私も彼以外の世界でやりがいを満たした時、彼にやさしく接することができたことがありました。彼のいない世界の充実を図ること、その世界でやりがいを感じること、そういう世界をお互い持つことができれば、私と彼の幸福の均衡は保たれるのでした。

一緒にいる努力を怠ってはいけないけど、相手を介して自分の幸福(快楽とやりがい)を成立させようとするのは間違いだった。自分の幸福を細分化した時、その全てを彼で感じることはできない。離婚した今となっては、それがよくわかるんです。

当時の私は、仕事(=やりがい)もプライベート(=快楽)も全て彼と共有したいという気持ちが強く、それが知らず知らずのうちに彼の首に手をかけていました。やりがいを相手に求めるのは、ひどく残酷なことだったようです。

私生活において仕事を持ち込みたくない人もいれば、仕事もプライベートも地続きでいたい人もいる。相手によって快楽とやりがいを両立してしまう人もいるかもしれません。でも自分の持ちうる幸福にはいろんな種類があって、それは恋愛のフェーズだけで感じるものばかりではありません。

いろんな人と、いろんな場所で感じる快楽ややりがいが寄り集まった時、初めて自分は幸福と感じることができるのだと思います。だから相手に幸福を構成する要素の何もかもを求めず、相手は自分の幸福を形成する1つの大事なパーツとしてみることができれば、きっとあたたかい心でいられるのではないでしょうか。

今、私はこのアリシーというサイトでやりがいを、そしてプライベートでは快楽を感じ、比較的幸福な毎日を過ごしています。破滅のない世界を待って。

(藤田佳奈美)