おいしい桃ってどんな桃?-「結婚向きの相手を選べ」と人は言うけれど

おいしい桃ってどんな桃?-「結婚向きの相手を選べ」と人は言うけれど

【未婦人公論】vol.1
先日、恋人と別れた。人生で初めて、「結婚して欲しい」と切り出された男だった。

彼は優しく、家事料理も完璧で向上心があり、たいていの女が喜びそうな額の貯金を持つ「しっかりとした、普通の男」だった。

結婚指南マニュアルで「こういう男を選びなさい」と書かれているような「派手なところはなくても、堅実で、パートナーシップが築けて、私の仕事を応援してくれる、成熟した大人の男」だった。

事実、彼の提案で、私の育ての親である祖母をレストランに招いて3人で食事をした時。祖母は彼が席を外した隙に「あなたが、あんなに素敵な男の人と一緒になるなんて、おばあちゃんもう安心して死ねるわ」と叫び、テーブルクロスの上に盛大に涙をこぼしたのである。
しかし。
この祖母の姿を見た時に私が感じたのは、途方もない居心地の悪さだった。

「こんな風に泣かれたら、別れる時に余計に気まずくなって、別れにくくなるではないか」

そんなことを考えている時点で、もうすでにこの交際が間違いであることは十二分にわかっているはずだ。

しかし私はなんとな~く、「結婚という幸せ」が、私を押し上げてくれるのではないかという期待を、捨てきれなかったのである。「結婚向きの男を選べるのがイイ女で、恋愛に振り回されるのは愚かな女」という歪んだ偏見があった。

「この人は私を幸せにしてくれる……はずだ」という、女としての打算と、祖母を喜ばせたいという気持ちと、こんな非のうちどころのない相手を愛せない自分が間違っているのではないかという劣等感。この3つが、道端に漏れ出たガソリンのようにグラデーションを作っては、心の底にぬるぬると溜まった。しかし、私はそれを見まいと必死に目をつむり、別れたい気持ちが発動しても「でも、だって、彼は結婚に向いてそうだから……!」と、いつまでもぐじぐじと別れず、腐った恋愛を続けていたのである。

今なら思う。なんと意地汚いことだろう。

私が今、欲しいのは、結婚ではない。鈍く意地汚い私はそのことに、ずっと気づいていなかった。いくら「結婚向きの男」を求めたところで、自分が「結婚向きの女」じゃないのなら、しょうがないのに。

多くの結婚指南本にはこんな風に書いてある。

「恋愛のドキドキは、あなたの心の欠けている部分がもたらすものです。それよりも一緒に居て安らげる相手を選びましょう」

知るかボケ。

そんなものに浸った結果、私は人間らしい感性を失いつつある。

相手のことを「好きかどうか」ではなく、「結婚向きかどうか」で判断する、そういう女としての貧乏ったらしさが、私をいつまでたってもぐじぐじと悩み続ける、いけてない人間にしているのではないか。そっちのほうがよっぽど人類にとって損失である。

結婚に向いている相手と恋愛の相手は別、と多くの人は言う。けれど、私はバカだから、そういう打算ができないのだ。たぶん、失敗して、経験から学ばないと、わからないのだ。

他人が授けてくれた、転ばぬ先の杖じゃ、たぶん、痛い目にも合えない。

DeNAの南場社長は、かつて女子学生からの「理想の結婚相手を見つけるにはどうしたらいいですか?」との問いに、こう答えたそうだ。

「いいですか? 男って言うのは桃なんですよ。桃が川上から流れてくる。それを拾い上げて食べる。食べて、まずいなと思ったら放る。簡単なことです。大丈夫。その桃はきっとあなたの川下にいる誰かが拾い上げて食べてくれます」

きっと、私が別れた彼は、桃の中では極上の部類に入る桃だろう。

しかし、私が求めているのは、桃ではなくて柿だったのだ。そのことに気づかず、私は桃の川の横で、理想的な桃がどんぶらこっこと流れてくるのを待ち続けていた。

愚かなことだ。

しかし、それは桃を食べてみて、初めてわかったことなのだった。

こんなにもったいないことをして、もしかしたら私は将来、とんでもない罰があたるかもしれない。昔から「もったいないことはするな」と祖母に教えられて育って来た貧乏性の私である。

これまで数々の男と付き合って、「これじゃない」と思っても、毎回、潔く別れられずにずるずると付き合いを続けてしまうのは、ひとえに
「私なんかと付き合ってくれるなんて、もうこんな奇特な人は金輪際現れないのではないか」という、貧乏ったらしい性根のせいである。

しかし、女というのはふてぶてしいものだ。

アラサーに近づくにつれて、私はどんどん開き直る術を身につけて来ている。

最近では「大丈夫、生きている限り、どんなに老けても、出会いというのはあるものだ」と居直ってすらいる。

私には私の幸せがある。

生活の端々に楽しさがあるし、もし年齢を経た末に、今持っているそれらが消えたとしても、私はまた、しぶとく新しい楽しさを探すだろう。

その経験は、たとえ「結婚向きの相手」と結婚できなくたって、一生残るものなのだ。

今の私には、そっちのほうがよっぽど、おいしい桃である。

<プロフィール>
小野美由紀(おの・みゆき)
コラムニスト。1985年生まれ。学生時代、沢木耕太郎の「深夜特急」に憧れて世界一周。シェアハウス「まれびとハウス」でイベント運営、フランス農家で羊飼い、離島経済新聞社にてウェブディレクターなどさまざまな経験を積んだのち、フリーライターに。2月に初のエッセイ集である「傷口から人生。〜メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった」(幻冬舎)を発売。Twitter:@MiUKi_None

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